我々は、「自然」を指針にします。
「自然」とは、長い目で、あるがままに、ということです。

長い目でとは、10年後にどうなっているか?というような長期的視点を持つことです。
10年後、ガソリン車は半減するかもしれません。人工知能は、更に活躍するでしょう。しかし、連綿と続いてきた絵の描き方が、10年で変わるとは思いません。我々の目と手を使う限り、それを補助する機能が倍増するとしても、絵の構造が変化することはないでしょう。便利になる分、想像力が減退するかも知れない。しかし逆に、手描きの重要性が高まっていくと思います。

我々は、良いところは良い、悪いところは悪いと、あるがままにお伝えします。人も、良いところもあれば、悪いところもあるのが、自然です。悪いところを指摘することは、サービス上矛盾するようでも、この分野では避けられないと考えます。改良とは、上手くいかないところを、上手く行くようにすることですから、添削赤ペンも多くは、上手く行かないところに描き込むことになります。褒められればうれしいし、悪いところを指摘されれば、けったくそ悪いのも、自然です。今の時代いろいろ書かれちゃうかも知れませんが、長期的にその人にとって良いことにならないと思うから、適当に褒めるような無責任なことは致しません。

絵の出来は、その人の取り組み方次第で変わります。これは、ネット講座でも、対面リアル教室でも同じ「自然」の姿だと思います。マニュアルは、どれだけ知っていても、絵の実力とは関係ありません。トレース画法で、見た目は同じように描けても、絵はそこから先に達しません。ご本人が主体的に手を動かし考えた結果が、作者の血肉になります。「早く簡単に上手く」とは、残念ながら参りません。

「自分の力で、自分の、作品を作ること」も、アートのあるがままの姿です。アートは自由、自由は個人尊重、個人尊重は自分を考えること、だから「自分の力で、自分の、作品を作ること」が出発点になります。プロを目指す人には、単なるスタート地点、アートだけではなく、マンガも映画もそうです。チームワークの場合でも、任せられた役割の中で、自分の力を最大限発揮するには、同じことが求められると思います。

「初心者でも大丈夫か?」「私は、それほどのレベルは求めていないわ。」「それが出来れば、習う必要はないのでは?」など、質問を頂戴しましたが、初心者の方にしてみたら高い目標に思えるのでしょうか?
しかし「自分の力で、自分の、作品を作ること」は、それほど高い目標でも、大変なことでも有りません。子どもが上手い下手関係なく、夢中になって絵を描くことを楽しんでいます。子供が素直に「自分の力で、自分の、作品を作ること」は、あるがままの姿です。上手い下手関係なく、、、、これが大人になると出来ません。ここで浮かび上がるのは、我々がとても上手さにこだわり、それを求めているという姿です。だから「自分の作品」より「人から見て上手い作品」を望み、「早く簡単に上手く」なることを求めるのだと思います。それは、絵を楽しむ「自然」な姿でしょうか?

絵というものは、「自分の自然」に向き合うことだと思います。描きながら、長い目で、自分のあるがままに向き合う、という言い方も出来ます。現状を認め、出来るところから進めていくことであり、好きという気持ちに、素直に向き合うことでもあります。好きに向き合うから、上手くなるための「苦労も楽しむ」ことが出来るのだと思います。

まずは、自分が何を求めているか?、どれぐらいの画力が有るか?、どう練習していけばいいか?、経験者とじっくり相談し、目標と道筋をはっきりさせます。道中は、色々なことに向き合い、孤独を感じることもあるでしょう。私も、自分の偏見や慢心、慣れに向き合うのには苦労しました。そういうときも、やはり相談すればいいと思います。絵は、一人孤独に向き合うイメージがあるかも知れませんが、人と関わることで自分が見えてくるのが「自然」だと思います。やり取りを通して、ほどなく手応えも出てきます。そのようにして「自分の力で、自分の、作品を作ること」が出来るようになり、あなたに自信と充実をもたらしてくれるはずです。

このように、我々は「自然」を指針にします。「自然」をというものは汲めども尽きぬものですが、我々の判断が閉じ、偏ることを避けるために、「自然」に沿うことを心掛けていきたいと思います。



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